インフレターゲット達成にあたってのデリバティブ(金融派生商品)の規制はどのように考えるべきか|マクロ経済を考える #8

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#1や#6などで簡単に指摘を行いましたが、インフレターゲットの実現にあたって非常に取り扱いが難しいのがデリバティブ金融派生商品)への規制」です。

貨幣数量説(社会に流通している貨幣の総量とその流通速度が物価の水準を決定しているという経済学の仮説)に基づく「フィッシャーの交換方程式(Fisher's equation of exchange)」の、MV=PTを考えた際に、基本的には貨幣量のMが物価のPに比例するというのがインフレターゲットを考える際に重要なのですが、より詳しい考察を行うにあたっては流通速度のVと財やサービスの取引量のTについてもある程度考慮する必要性が生じます。
とはいえVはそこまで急速に変動するわけではないと考えて良いと思いますので、当記事では「財やサービスの取引量」を表すTについて考察を行なっていきます。特にデリバティブ金融派生商品)などをTに含めて考えた際に、ジャンク債の横行から引き起こされたリーマンショックのような金融危機MV=PTを元に説明ができるので、金融政策を行う上ではTについては注意する必要があります。

ということで、以下、「インフレターゲット達成にあたって、デリバティブの規制をどのように考えるべきか」について議論していければと思います。
以下が当記事の目次となります。
1. フィッシャーの交換方程式におけるデリバティブの取り扱い
2. 取引量に関連するマクロな数字の把握
3. 「デリバティブの規制」と「金融政策と財政政策」

 

1. フィッシャーの交換方程式におけるデリバティブの取り扱い
1節ではフィッシャーの交換方程式(Fisher's equation of exchange)におけるデリバティブの取り扱いについて考えたいと思います。まずそもそも論として、「財やサービス」を表すTについて少し分解して考えてみましょう。
取引量のTに対し、T=T_{r}+T_{f}+T_{d}のように実体経済の取引量を表すT_{r}(Real)と株式、債権などの基本的な金融商品の取引量を表すT_{f}(Financial)、金融派生商品の取引量を表すT_{d}(Derivative)に分けて考えるものとします。

ここで基本的な金融商品の取引量のT_{f}金融派生商品の取引量のT_{d}を分けた理由ですが、T_{f}は株式や債権のように実体経済の運営と関連するものであり、時価を比較的評価しやすいためです。たとえば、企業の株式の価値はその企業の業績によってある程度決まるものであるし、債権の価値は金利と債務者の返済能力による期待値である程度見積もりが可能であるからです。一方で先物取引のような複雑化した商材や投資信託のような様々な金融商品の組み合わせによって構成される金融派生商品は、たとえ投資のプロフェッショナルであっても理解するのがなかなか大変です。

ということで金融商品に関しては、経済に関して基本的な理解がある前提であれば価値の見積もりが比較的容易なT_{f}と、基本的な理解があっても商材の内容の理解が大変なT_{d}に分けて考えることにしました。

大恐慌リーマンショックを考えた際に、どちらも過剰な投機が原因であると考えることができますが、どちらも直接的な有価証券や債権のやり取りではなく、金融派生商品の売買が増えた結果実情の把握が困難となり、金融危機を引き起こしたと考えて良さそうです。

ということで、1節ではフィッシャーの交換方程式における取引量のTの取り扱いとして、T=T_{r}+T_{f}+T_{d}のようにデリバティブを表現することにしました。続く2節ではそれぞれの取引量について確認を行いたいと思います。

 

2. 取引量に関連するマクロな数字の把握
2節では1節で定義したT=T_{r}+T_{f}+T_{d}に関連して、それぞれの取引量について確認を行いたいと思います。まず1つ目のT_{r}ですが、これは名目GDPで代用して概ね問題なさそうなので、昨今の日本を想定するなら500兆円〜600兆円と考えて良さそうです。
次に2つ目のT_{f}ですが、バブル期の東証の株価が600兆円、昨今の日本の国債残高が1,000兆円のため、これに他の基本的な金融商材の年間の取引の回数の期待値を考慮して、だいたい1,000〜2,000兆円とざっくり推定するものとします。
3つ目のT_{d}は、近年取引量が増えており、世界的に見ると5〜15京円規模とされているようです。日銀の取引残高などでは7,000兆円ほどとされていたので、大体世界の5〜10%と考えられるのでこのくらいの数字で考えておいて良さそうです。年間の取引の回数の期待値を考慮して、ざっくり5,000兆円〜1京円で見ておくのが良いでしょうか。
(ここで推定した数値はかなり適当な推定ですが、フェルミ推定のように数値そのものというよりも大体の桁が合っていれば十分と考えることにします。詳しい数値をご存知の方がおられましたらご指摘いただけましたら嬉しいです)

T=T_{r}+T_{f}+T_{d}について、それぞれ大体の規模感がつかめましたので2節はここまでとします。

 

3. 「デリバティブの規制」と「金融政策と財政政策」
3節では「デリバティブの規制」の必要性について考えつつ、「金融政策と財政政策」とも関連させながら議論を進めてみようと思います。

デリバティブ金融派生商品は、「実物商品や諸権利などの取扱いをおこなう当業者が、実物の将来にわたる価格変動を回避(ヘッジ)するためにおこなう契約の一種」とされているので、金融商品リスク管理がメインの目的と考えて良さそうです。

デリバティブ - Wikipedia

一方で、大恐慌リーマンショックの一因としてデリバティブに関連する投機が考えられることから、2節で確認したようなデリバティブ市場が大きいことはあまり良いものではないと考えるべきかと思います。基本的には株式や債権を取り扱う金融市場と同等くらいの規模ほどで抑える方が良いと思われるため、T_{d} \leq T_{f}が満たされる方が望ましいのではないでしょうか。このデリバティブの市場が大きいことで、MV=PT=P(T_{r}+T_{f}+T_{d})においてMの増加に応じてT_{d}が増加し、インフレターゲットの達成のための金融政策が意味をなさない可能性があります。

とはいえ、このデリバティブの市場は国際的なものであるため、必ずしも一国で管理できるものではありません。ということでデリバティブの規制」の代わりに「政策」としてこの辺のリスクを回避する方法はあるのかについて考えてみたいと思います。具体的には「金融政策と財政政策」をどのように組み合わせるかです。

ということで、「金融政策(貨幣の量を増やす)」と「財政政策(政府が行う需要の拡大)」を考えた際に、「デリバティブ」の取引が多いT_{f} \leq T_{d}の状況では「金融政策」ではなく「財政政策」を重視すべきなのではないでしょうか。また、この時の「財政政策」は#5で定義した階層に関係なくお金を回るようにし、消費を喚起すべきです。具体的には社会保険料を減らしたり、消費税を下げたりなどが一案です。

Mの増加に沿ってT_{r}はそれほど増えないため、このように貨幣量を増やす政策を打つことで、物価の上昇を制御しやすくなります。

上記の議論から『フィッシャーの方程式をMV=PT=P(T_{r}+T_{f}+T_{d})とし、T_{f} \leq T_{d}の状況では資産や所得に関係なく全体に配分する財政政策を行うことでMの増加をPの増加に反映させやすくなる』というのを当記事の結論としたいと思います。