Ch.10_政府の組織論_後編||『H.ミンツバーグ経営論』読解メモ #14

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課題本として、「H.ミンツバーグ経営論」を設定したので読み進めていきます。

H.ミンツバーグ経営論 | 書籍 | ダイヤモンド社

#13では第10章の『政府の組織論』の前編として「顧客、クライアント、市民、そして被統治者」までの内容を取り扱いました。

Ch.10_政府の組織論_前編|『H.ミンツバーグ経営論』読解メモ #13 - lib-arts’s diary

#14では同じく第10章の『政府の組織論』の「マネジメントにまつわる誤解」以降を取り扱っていきます。
以下、目次になります。
1. マネジメントにまつわる誤解
2. 政府のマネジメント、その五つのモデル
3. 民間企業礼賛への疑問
4. 感想・まとめ

 

1. マネジメントにまつわる誤解(簡単な要約)
社会のバランスを保つには所有権やコントロールの面で様々な組織形態が望まれ、また公共セクターでは政府に幅広い役割が求められる。では政府の活動はどのようにマネジメントすべきだろうか、この問いに答えるためには、まずマネジメントに(あるいは一般に「マネジメント」と考えられている中身に)目を向けなければならない。
昨今マネジメント論がしきりに戦わされているが、この場合の「マネジメント」はシャピーロが大文字を用いた「マネジメント」について考えるべきである。この「マネジメント」は融通の利かない理論で、有能なマネジャーのとる行動とは驚くほどかけ離れたものである。大文字のマネジメント理論は以下の三つの前提を設けている。

前提1. 諸活動は縦横どちらの方向にも分割できる。
-> これは民間セクターで生まれた発想であり、民間セクターでは多くの部門が事業部制を取り入れており、ミッション(使命)も「製品やサービスを市場に届けること」と明確である。この際に本社が設定した目標を達成しさえすれば、ほとんど干渉されることがない。

前提2. 業績は客観的な尺度によって的確に測れる。
-> 一つ一つの事業活動に定量的な目標を設定でき、コストと利益は共に測ることができる。ビジネスでは金銭が基準とされ、利益や投資リターンはコストと利得を基に決まっている。このように、偏りのない「客観的な」評価が可能で、そこには迷いを生むような曖昧さが入り込む余地がない。

前提3. 経営者やマネジャーに業績への責任と自律性を与えて、諸活動を任せればよい。
-> 「経営者(マネジャー)に任せよう」が合言葉のように用いられており、経営に関して専門的な訓練を受けた人々に、高い信頼が置かれている。

とはいえこれら三つの前提は、政府期間の業務内容や業務方法におよそあてはまらない。政府の諸活動を企業の活動と同じように自律的に進めるには、曖昧さを排除した明確な政策を政治の場で定め、それを行政が実行するという仕組みが欠かせない。政策は長い間一定でなくてはならず、政治家や管轄外の行政組織は政策の実行に関与してはならない。
我々は「マネジメント」理論を信じ込んでいるが、その理論は往往にして現実とかけ離れており、その結果として重要な活動にまで歪みを生んでしまう。公的教育の多くは階層的なマネジメントの力によって今にも押しつぶされそうになっている。具体的には教壇に立った経験をほとんど持たない上層部が教室での活動を指示しているケースもある。

 

2. 政府のマネジメント、その五つのモデル(簡単な要約)
では、政府はどのようにマネジメントすべきか。以下に五つのモデルを紹介するが、いずれのモデルも政府の企画立案部門(予算策定部門など)と執行部門(環境保護部門など)にどのような仕組みを取り入れれば良いかの構想を示している。

モデル1: 機構モデル
-> 機構モデルではありとあらゆる規則、規制、氷筍に縛られた機構として政府(企画立案部門、執行部門の双方)を位置付ける。各部局は国家という機構のコントロールの下で、配下の人材や担当の業務を管理する。

モデル2: ネットワーク・モデル
-> 機構モデルと対照的に、厳格ではなく緩やか、コントロールではなく放任、縦割りではなく組織間の相互作用を重んじるといった特徴を持つ。ネットワーク・モデルの特徴はコミュニケーション、コラボレーション(協働)といった言葉で表すことができる。

モデル3: 業績コントロール・モデル
-> 1節でまとめた大文字の「マネジメント」が本領を発揮するのがモデル3の業績コントロール・モデルである。キーワードは分離、割り当て、測定である。このモデルは何よりも政府活動をビジネスに近づけることを目指している。分権化を進めることがかえって中央集権を強め、組織を緩やかにすることで逆に締め付けを強める可能性もあるため、この辺は注意が必要である。

モデル4: 仮想政府モデル
-> 業績コントロール・モデルをどこまでも徹底させると、いずれは「仮想政府」とでも呼ぶべきモデルに行き着く。これはイギリス、アメリカ、ニュージーランドなどで注目されていて、土台には「政府がなくなるのが最良の状態だ」という考え方がある。仮想政府の理想形では、執行部門はもはや政府の一部ではなくなり、政策の執行は全て民間に委ねられる。

モデル5: 標準コントロール・モデル
-> 標準コントロール・モデルは世の中を従来と別の角度から見たものだと考える。すなわち制度ではなく発想そのもの、数字でなく姿勢を重視する。標準コントロールモデルの特徴は下記の5点にまとめられる。
・人材の採用->人材の採用にあたっては資格だけでなく考え方や姿勢を重んじる。
・社会性->広く社会に献身する上では社会性が欠かせない。
・指針->メンバーに計画を押し付けるのではなく、自発的に原則を受け入れてもらうことによって、目標ではなくビジョンの力で組織を導いていく。
・責任->メンバーは全員、職務に責任を負う。皆リーダーから信頼され、後押しされていると感じ、リーダーは経験を基にマネジメントスタイルを築き上げていく。
・成果評価->成果は有識者やサービスの受け手が評価する。こうした人々が監視委員会に加わることもある。
標準コントロールモデルの鍵を握るのは献身である。

上記の五つのモデルのうちのいずれか一つのモデルが最良だと決めることはできず、現在は全てが用いられている。税金の徴収では機構モデルを健全に運用するのが必須だろうし、外交政策の決定・遂行はネットワーク・モデル抜きには考えられない。
政府は実に様々な性格を持ち合わせており、我々の生活と同じように多面的であるので、注意が必要である。

 

3. 民間企業礼賛への疑問(簡単な要約)
産業界の価値観や主流の「マネジメント」理論が社会の他の分野に及ぼしている影響が強すぎると思われる。政府に「マネジメント」の発想を取り入れるべきかもしれないが、逆に企業経営にも一定の枠を設ける必要があるのではないかと思われる。以下に試論をまとめる。

・企業が全て優れているとは限らない、政府が悪だとも限らない。
-> 公共サービスの質は社会からの期待度に応じて決まる。人々が「政府は成果をあげず、官僚主義に陥っている」と思えば小さな政府になるだろうし、対照的に「公共サービスは神聖な業務だ」と考えれば強い政府ができるはずである。このため、必ずしも企業の形式を参考にするのは良くないと思われる。

・政府が企業から学ぶことがあるとすれば、それと同じだけ企業も政府から学ぶことがある。この両者は共同所有組織、所有者のいない組織からも多くを学びとれるはずである。
-> 公共セクターの人々は独自の課題を抱えており、それは互いに矛盾する目標、多数のステークホルダー、政治からの強いプレッシャーなどである。だが最近では民間セクターもこのような課題に直面するケースが増えてきている。

・現在必要とされているのは、俯き加減の政府ではなく、誇りを持った政府である。
-> 政府に批判の矛先を向けるのは社会の仕組みそのものを批判するということだが、誰もが自分なりのニーズを持っているがそれが社会全体のニーズよりも優先されるようでは社会は遠からず崩壊する。誰もが自身の幸福を追求するが、それも治安が適切に維持され妥当な経済政策が実行されて初めて意味がある。

・何よりも、各セクターの調和が求められる。
-> 調和の取れた社会を実現するにあたっては四つのセクターを調和させ、個人にとっての公共の利益と各組織の利益をバランスさせる必要がある。


4. 感想・まとめ
#14では第10章の『政府の組織論』の後半の「マネジメントにまつわる誤解」以降の内容を取り扱いました。政府のマネジメントにあたっての五つのモデルが示されており、一つの考え方の整理として非常に役に立ったので有意義でした。
#15ではAppendixのインタビューついて取り扱っていきます。