Ch_5 現実主義 ー 合意・不合意のバランスを調べる|『キッシンジャー超交渉術』読解メモ #6

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課題本として、「キッシンジャー超交渉術」を設定したので読み進めていきます。(国際政治ではなく、交渉術が本書のテーマのため、極力交渉術を中心にまとめていきます。あくまでアメリ国務長官の立場としての交渉のため視点に偏りがあるかもしれませんが、この点は論点としないものとします。極力交渉術のみにフォーカスするため、本の構成に沿わないで話を進めるところもあります。)

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#5では第4章の「戦略 ー 広い視野からの交渉」についてまとめました。

Ch_4 戦略 ー 広い視野からの交渉|『キッシンジャー超交渉術』読解メモ #5 - lib-arts’s diary

#6では第5章の「現実主義 ー 合意・不合意のバランスを調べる」について確認していきます。
以下、目次になります。
1. 冒頭部
2. 現実主義の交渉者の必要条件
3. 感想・まとめ

 

1. 冒頭部(簡単な要約)
交渉に対するキッシンジャーのいわゆる「現実主義的」アプローチは交渉の「神学的」見方や「精神医学的」見方と比較すると、その特徴がはっきり見えてくる。絶対主義の「神学者」は交渉を優勢な方が劣勢の方に「条件」を課すための便利なツールと見なしがちだし、一方「精神科医」はいかなる状況でも交渉そのものの力を熱狂的に信奉する。
冷戦の時代にあって「神学者」は軍事と経済で圧倒的な優勢を得てから交渉に入ることを勧めた。こうすることによって、交渉はなんらかの不思議なプロセスによって、自然にそのパワーバランスを反映した結果をもたらすと「神学者」たちは主張した。どの時代にもその時代に応じた冷戦の「神学者的」な見方があり、交渉はほぼ無益だと考えている一派がいる。唯一このスタンスが役に立つのは確実で圧倒的な最後通告を突きつけるために、まずは交渉して敵に「ノー」と言わせる場合である。
キッシンジャーの現実主義的な交渉アプローチは「神学的」なアプローチだけでなく「精神医学的」なアプローチとも対照的である。「精神医学的」なアプローチもそれぞれの時代に応じた形があるが、基本的に交渉の力を過信しており、合意に至らないのは不幸な誤解や交渉プロセスの不具合のせいだと考え、合意を阻んだ真の意図を見ようとしない。
キッシンジャーニクソン神学者的見方も精神科医的な見方も避けて、現実主義的なアプローチでソ連との交渉に臨んだ。交渉にあたっては「ソ連と関係のある全ての要素を織り込んだ、敵対的(神学者の見方による)でもなければ、懐柔的(精神科医の見方による)でもない、包括的なアプローチを用い、まず協調が可能な領域を見定め、その協調を利用してソ連の行動を修正するというのを土台する」というのが重視された。
交渉のアプローチを理解するにあたって悪魔との取引(Bargaining with the Devil)を考えるとわかりやすく、悪魔とは決して取引をしない「神学者」と常に交渉する「精神科医」という両極端な一面を洗い出すことができる。ここでキッシンジャー流の「現実主義的」アプローチでは、悪魔と交渉することに意味があるかどうか、そして意味があるならいかにして交渉するかを現実主義的に評価を行うことが特徴的である。
すなわち「現実主義」の交渉では、交渉はこうあるべきという考えに基づくアプローチではなく、当事者双方の利害に関する情報に基づくアプローチであると考えられる。「相手の結論に影響するように努力し、双方の要求を満たす妥協点を見つけようとするのが交渉の真髄である」とキッシンジャーは述べている。
キッシンジャーは交渉の目標が理想主義的であっても、交渉者の行動は現実主義であるべきと考えている。キッシンジャーは2014年の著書でこの点を強調し、現実的な戦略を持たないまま、言葉だけで理想や原理を追求することを強く批判している。

 

2. 現実主義の交渉者の必要条件(簡単な要約)
ローデシアの事例において、キッシンジャーはイアンスミスとの交渉に先立って当事者を見定め、その利害関係と交渉の行き詰まりが当事者たちにもたらす影響を見積もり、度々それらを操作した。そうした準備はいかなる交渉にとっても重要であり、現在交渉の分析において双方のBATNA(Best Alternative to Negotiated Agreement=交渉が決裂した際の最善の選択肢)に焦点が向けられる理由でもある。
キッシンジャーがよく言っていることとして、「ある合意が魅力的で持続可能であるためには、全ての当事者が合意が成立しなかった場合より真の価値があると思えなければならない」というのがある。また、その価値を決めるのは当事者自身の判断だとも述べている。
キッシンジャーは交渉が合意に至った場合の当事者にとっての利益を強調すると同時に、不合意だった場合の高い代償も強調した。ローデシアのイアンスミスに対しては「黒人多数支配を受け入れなければ、鉄道は分断され、南アフリカからの強力な軍事支援は終わり、国内のゲリラ活動は激化する」と告げた。交渉が不成立だった場合の結果のこうした説明には説得力があった。

現実主義の交渉者から見れば、交渉が行き詰まる根本的な理由ははっきりしている。片方あるいは双方にとって「No」の方が「Yes」よりも魅力的なので「No」と言う。一般に当事者それぞれにとって合意のもたらす利益が、不合意のもたらす利益より大きいほど、交渉が成功する見込みは高くなり、交渉の意義は大きくなる。逆に成功の見込みが低く、交渉に伴う損害が大きい場合にそれでも交渉をしたり長引かせたりするのは軽率で逆効果である。
一方で合意・不合意のバランスが不合意に傾いている場合でも、少なくとも下記の四つの理由から交渉には意味がある。

1) 交渉に代わる選択肢(たとえば戦争)にははるかにコストがかかる恐れがあること。
2) 交渉によって新たな情報が得られ、成功する確率が高まる可能性があること。
3) 合意・不合意バランスは不動ではなく、交渉している間に状況が変わり、そのバランスも変わり得ること。
4) 合意・不合意のバランスを望ましい方向に傾けるために、テーブルを離れて行動することもできること。

「現実主義的」交渉のアプローチにおいて、合意・不合意のバランスを見ることは重要であると思われる。重要な当事者、あるいはより多くの関係者から見て、不合意がもたらす利益が合意のそれをはるかに凌いでいるのであれば、合意に必要な条件は揃っていないと言える。
キッシンジャーが理想とするのは、戦略的であって現実主義でもある交渉者である。第6章で明らかにしていくが、「テーブル」だけでなくテーブルを離れても交渉してゲームを変えたり成功の確率を上げたりするために、この戦略的かつ現実主義の姿勢は大きな意味がある。


3. 感想・まとめ
#6では第5章の「現実主義 ー 合意・不合意のバランスを調べる」についてまとめました。交渉に臨むにあたってのアプローチが色々と言語化されており、非常に参考になる内容でした。
#7では第6章の「ゲームを変える ー 合意・不合意のバランスを形成する」について確認していきます。