生存権の経済学的な表現について|マクロ経済を考える #6

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#5では「所得再分配」について簡単なマルコフ過程を設定して考察を行いました。

ラフに階級分けをしたわけですが、下位の2割(単に資産順に並べたらそうなるというだけで、それほど深い意味はないです)の資産については「生存権に基づく生活」の議論の方が重要であると思われたため、それほど考慮しませんでした。
現実目線として、下位の2割は公助に頼る可能性が高く、資産を持つ可能性を考慮するよりも「生存権」に基づく議論の方が重要であると思われるためです。むしろまとまった資産を持った時点で下位の2割からは抜け出すことになるので、やはり資産についてはあまり考えなくて良さそうです(階級間の人の移動はあるものと見ているので、「下位層2割は資産を持ってはいけない」ではなく「資産を持った時点で下位層2割に含まれなくなる」というのがここでの前提認識です)

さて、ということは下位層の2割の人々を考えるにあたっては、とにかく「生活」にフォーカスすべきであると考えて良いかと思います。「生活」について議論するにあたってよく出てくるのが憲法25条の「生存権(健康で文化的な最低限度の生活を営む権利)」です。「マクロ経済を考える」の#6では、この「生存権」を経済学に基づいていかに表現するかについて考察したいと思います。
以下、#6の目次になります。
1. 「生存権」の内容の確認
2. 国家財政における「生存権
3. マクロ経済学における「生存権」の取り扱いの考察


1. 「生存権」の内容の確認
1節では「生存権」について簡単に確認していきます。文面的に確認するなら、日本国憲法第25条に規定される「国民が健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」です。

生存権 - Wikipedia

さて、この文面そのものは有名で社会科の教科書などにも載る内容ではあるのですが、ここで気になってくるのが「健康で文化的な最低限度の生活」とは何なのかです。

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関連の判例をラフに見た感じでは、なんらかの権利を直接具体的に賦与するわけではない一方で、あまりに現実的でない場合はNG、という認識で良さそうです。

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また、関連する法律(憲法なので関連する法律がある)については上記で、「生活保護法」や「社会保険」、「年金」、「社会福祉」などが具体的にはあると考えておくのが良いかと思います。

憲法について解釈する際は文面そのものよりも「判例」や「対応する法律」を把握すれば大体がつかめるので、ここまでの内容を元に「生存権」については考えるのが良さそうです(文面解釈は様々な国家の憲法を比較するなど、憲法について専門的な知見が必要になるのでここではそこまでは行わないものとします)。

ということで、対応する法律などを元に「日本における憲法25条の生存権の解釈」と考えて良いかと思います。基本的な内容の確認ができましたので1節はここまでとします。

 

2. 国家財政における「生存権
2節では国家財政における「生存権」について確認します。具体的な法律を元に考えるのが一番わかりやすいので、以下「生存権」に対応する法律の中で特に国家財政における割合が大きいと思われるものを列挙します。

生活保護
社会保険関連法律(健康保険、厚生年金、失業保険など)
公的年金制度(国民年金法など)

あまり詳しく見ていくとキリがないので、ざっくりそれぞれの法律の定めている範囲について確認することにします。
まず「生活保護法」ですが、「日本国憲法第25条に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長すること」を目的に制定されています。

生活保護法 - Wikipedia

大体東京都の単身世帯では生活費の7〜8万円と住居費の5万前後くらいになるようなので、東京都に限らず考えるなら12万程度と考えておいて良さそうです。

次に「社会保険関連法律(健康保険、厚生年金、失業保険など)」についてですが、健康保険は医療費が現役世代では3割負担にできるなど、急に医療費が必要になった際などに備える制度です。また、失業保険は失業時に失業保険金がもらえる制度、厚生年金は国民年金に上乗せしてもらえる年金です。国民年金は「公的年金制度」として制度が策定されています。

少し議論がラフですが、ここまでをまとめると「生存権」の具体的な取り扱いは「生活保護」、「健康保険」、「年金」の三つに主に代表されると理解すれば十分かと思います(福祉の議論であればもう少し丁寧にやる必要がありますが、当記事はマクロ経済の記事のため、金額の大きいと思われる点だけを考慮するで十分だと判断しました)。

さて、「生活保護」、「健康保険」、「年金」をマクロ経済の視点から考えるにあたって、この三つに使われている総額の規模感を確認したいと思います。以下に大まかな金額についてまとめます。

生活保護: 2〜3兆円
・健康保険: 30〜40兆円
・年金  : 50〜60兆円

詳しい数字はそれほど重要でないので、大まかな数字だけ確認しました。年金や健康保険を含む社会保障費は大体100〜120兆円ほどで、保険料から60〜70兆円、国家予算から30兆円、その他(地方財源なども含む)で10〜20兆円くらいで把握しておくと良さそうです。

社会保険料も実質税金と見て良いため、年間60〜70兆円ほど、「法人税」、「所得税」、「消費税」、「住民税」などに加えて税金がかかっていることになります。概ね150〜200兆円ほどが社会保障費、国家の税金、住民税としてかかっていると考えて良さそうです。逆にこれらを財源として(国債や地方債の発行もありますが)「社会保障」や国家や地方の行政が行われていることになります。

大まかな数字について把握することができました(マクロレベルの議論をするにあたっては詳細の議論はそれほど重要ではないので詳しい数字については流しました)ので2節はここまでとします。

 

3. マクロ経済学における「生存権」の取り扱い
3節ではマクロ経済学における「生存権」の取り扱いについて考察を行います。まずそもそも論ですが、社会保険料は全額税金として見る方が妥当なのではないかと思います。税の目的として社会保険があることは問題ない話ですが、税金と別途徴収していることで議論がわかりづらくなっていると思われます。

増税社会保険料の負担の増加はどちらも実質的に労働者負担の増加ですが、かたや増税でかたや社会保険料の負担と見ることでそれぞれ個別の議論となる可能性があります。現役世代の視点から見てもどの道社会保険が充実していることは重要なので、税金に含めて運用する方がわかりやすくて良いと思います。

さて、2節でも確認しましたが、地方税と合算して150〜200兆円ほどの実質的な税金負担があることが確認できます。このことのマクロ経済的な意味合いについて考察してみます。マクロ経済を考える際に、経済は社会インフラに基づいて成立するものであるので、個々人の「生存権」への対応は多少金額がかかっても仕方のないものとしても良いと思います。ということで、毎年国家と地方の財政を合わせて200兆円必要であり、120〜140兆円は「生存権」関連(生活保護、健康保険、年金)に、残りはその他の行政に必要だと仮定します。

この200兆円は多めに見積もりましたので、資産のない下位の2割はこれによって十分な公助が受けられるものと考えます。そうなると、ここで考えるべきはこの200兆円分の行政の執行を前提として国家の運営が可能かという点です。

単純な発想であれば200兆円の税収(国家+地方+社会保障費)で財政均衡を実現するというのが一つの案です。が、デフレから抜け出せていない現状を鑑みるにもう少し違う視点があっても良さそうです。ということで、インフレターゲットに基づく物価上昇も関連させながら無理なくこの状況を解決する方法を考えたいと思います。

インフレを起こすにあたっては、基本的に市場における貨幣の流通量を増やせば実現することができますが、やり過ぎるとハイパーインフレにもなり得るので調整が必要です。#4の議論から日本の名目GDP比の国債残高の多さは貯蓄率で説明でき、#5のように2:6:2に対して75:24:1を実現した状況を考慮するなら国債残高は中間層(労働者層)の生活充実を目的とするなら正当化できそうです。

・中間層(労働者層)の資産構築の簡易化(預金は単純でわかりやすい)のためであれば国債残高はそれほど気にしなくて良い
・現役世代と年金世代の比率によって名目GDP比の国債残高は変動する(比率の変動はこれで説明する)

上記に名目GDP比の国債残高について簡単に整理しました。また、この際に公助で生活する下位の2割は200兆円の出費が可能であれば問題なく、富裕層については極端な税制を取らなければやはり国債残高についてはそれほど考えなくて良さそうです。

ということで、2:6:2に対して75:24:1程度を実現できるなら名目GDP比の国債残高は2倍〜3倍は問題なさそうです。これで名目GDPが500〜550兆円に対して2倍と見ても1,000〜1,100兆円の国債残高を正当化しましたが、この状況でインフレターゲットの実現を考えます。ということは2〜3%の物価成長率を達成するにあたって、市場の貨幣の量や国債の量を2〜3%ずつ増やして良いことになります。

日本の貨幣流通量は100兆、国債残高は1,000〜1,100兆円として、大体その合計の2〜3%として25〜35兆円程度は税収以上の歳出は可能と考えられます。日銀と政府の関係性については、日銀が日本政府の子会社であることから、ここまでの議論の範囲内であれば「日銀=政府」と見なして良いと考えて良さそうです。

こう見ると、現在の日本における国債残高の増加のペースについては年間20〜40兆円程度なのである程度正当化できます。ここまでは現状ベースの考察ですが、もう少しより良い国家運営を考えるであれば、現役世代が少ない状況では社会保障の充実と引き換えにインフレ率をもう少し上げるというのも案だと思います。ルール的に運用するなら「現役世代と年金世代の比率に応じてインフレターゲットの調整を行う」というのは考えて良いと思います(あまり比較する前例のない話だと思うので、実際に適用するなら上げ過ぎないような補正はある方が良いかもしれません)。

インフレターゲットを貨幣的に実現するにあたって非常に注意が必要なのは金融商品への規制です。

上記でも論じましたが、貨幣の流通量の増加に対応して金融商品が増えると制御がなかなか難しくなります。これは新しい市場ができるというのも同様ですが、たとえば「鬼滅の刃」に関連して新しい市場が新しくできるのとは異なり、金融商品については実体が伴わない一方で投機的な釣り上げなども可能です。リーマンショックの時のサブプライムローンのようにジャンク債が横行することで金融ショックを招くリスクなどもあります。

ということで、「現在の名目GDP比の国債残高を元にインフレターゲットに基づき物価上昇を行う一方で、社会保障は充実させつつ新興の金融商材については注意して規制をする」、ということで「生存権」も考慮しつつマクロ経済における経済成長を実現できると考えて良いのではというのを当記事の結論としたいと思います。